実験4号

生きのばしていく

雑記20231218

 イスラエルの兵士がパレスチナの人々を虐殺したその廃墟でプロポーズするみたいな動画がSNSで流れてきて、「なんて胸糞な動画だ」みたいなリアクションがたくさんついていた。自分としては

 ・本当に虐殺した現場での映像なのか

 ・イスラエル兵の認識としては「虐殺」ではなく「テロとの戦い」であり、正義に溢れた行動と考えているのではないか

 ・現在イスラエルが行っている軍事行動のポリシーはどのようになっているのか

 ・「イスラエルの軍事行動は国際法的に違法」みたいなことが言われるが、そもそも国際法ではどのような軍事行動を違法と規定しているのか

あたりのことは確認しないと何とも言えんなあと思ってしまうが、自分は何にでも「正解」を出したがる志向があるので、専門家でもない一般市民たる自分がそれをやる意味はあるか?とも思う。そういう意味では自分はパレスチナの問題をただ好奇心を満たす対象としてしか捉えておらず、真の意味での連帯をしていないのかもしれない。

 しかし日本の一般民衆がパレスチナの人々のためにできることというのは、連帯の意思を「示す」ことであり、心の底から共感をすることそのものではないから別に良いのでは、という考えも浮かんでくる。なぜなら日本人から見たパレスチナの人々と同じように、パレスチナの人々から見ても日本人は「遠い海の向こうの人々」であり、その本心までは関知するものではないからだ。

 逆に件のイスラエル兵の動画に怒りを覚える人は共感性は高いと思うが、真偽もよくわからないただの動画に一々感情を動かしていたら疲労しないだろうかと心配になる。いや、疲労そのものが悪いというのではなく、それによってその人自身の気分が落ち込み、不幸になったら本末転倒だなということだけど。ただ、それは愚かということではもちろんない。

 SNSでは不買運動を推奨するポストが流れてくるが、その内容について一々真偽の程を確認するのは自分には難しく、例えば不買をすべき企業の一覧の中に、資料作成者にとって利益関係がある(不買行動が広まることが資料作成者の利益になる)ものが含まれていても気づけない。もちろん基準は設定されているのだろうけど、それが本当に妥当かどうかまでわからない。そんなことを考えるうちにイスラエル企業との取引停止を表明する企業のポストも流れてきていて、非常に流れが速いと感じる。

 イスラエルについてシオニズムというもののあり方から批判を加えているものもあり、自分の視野ではパレスチナ支援が正義となっているが、イスラエルの一般市民はどのように考えているのであろうか。国のイデオロギーを完全に内面化している人が多そうだが、中には自国が戦争犯罪をしているという罪の意識に引き裂かれるような思いをしている人もいるのだろう。あるいは自分と同じように混乱しているかも、あるいはただ単にテロの恐怖に怯えたり、生き残ることだけを考えている人もいるかも。イスラエル国外のユダヤ人コミュニティの人々はどうか。

 全部を考えることに意味はないし、意義もないかもしれないが、納得はしたい。とはいえデモに参加するのは面倒臭いし、毎日忙しくて疲れている…どうしたものか…と、頭を巡らすだけ巡らせて、一旦この記事を閉じる。